2020年5月27日 (水)

控えつつも公園へ行かれた頃

こちらでもやっと緊急事態宣言が解除されました。
でも今はまだ段階を経て徐々に徐々に・・・
日々の生活もまだ自粛中とあまり変わっていません。
あ、でもひとつだけ・・・一度だけど、公園へ行かれた~!

---------------------------------------------

さて、ブログはまた遡りまして・・・

3月末に東京都から不要不急の外出自粛要請が出て以降、
我が家の大会生活もエントリー済みのものもキャンセルし、
完全にお休みに入りました。
やはり東京から他の地方への移動は控えるべきと考えたので。
まぁHiro坊母の入院もあり、自粛要請でなくてもそうなったと思うけど。

それでも緊急事態宣言が出るまでは、人の少なそうな時間帯を選び、
いろいろ注意しながら公園へは行っていました。

 
4月初め、こちらはHiro坊母の病院へ行った際に立ち寄った公園で。
P1012530_ss
ルピちゃん、何を見て立ち上がっちゃってるの~?
そのあとはサッカーしてる男の子とお母さんを凝視。
P1012537_ss P1012536_ss
「何見てるんだかねぇ」みたいな表情で振り返るシトラス姉さん。

 
まだ地元の公園へも行かれた頃。
私の大好きな桜オモイガワが咲き始めました。
P1012592_ss
桜の間から「ルピちゃん」と呼びかけて撮っていたら・・・
P1012597_ss
「ちょっと~!食べちゃダメ~!!」
間一髪でHiro坊がリードを引き、事なきを得ました。
けど危なかった~
いや食べたってルピカにとって害はないけど、みんなが楽しむ公共の場に
せっかく咲いたお花を食べるなんて、けしからんでしょ。あり得んでしょ!
ったくもうルピカったら、何をするかわかりませ~ん!

 
お散歩の途中で切り株に乗せてみた。
といっても「ここ!」と指さしたらて自分で乗ったんだけど。
P1022684_01_ss P1022688_ss
なんだか誇らしげじゃない?
で、シトラスも乗せてみた。シトラスはふわっと飛んで乗れる。
P1022697_ss
密な状態だけど、シールピにとっては嬉しいんだよね。

 
桜をバックにふたりの可愛い写真も撮れました。
P1022630_ss

途中で注目させるためにちょっとボールを転がしてみた。
P1022665_ss
じーっ! まぁこうなるわね。

そして更にもう少し撮ろうとあれこれやって長くなったら・・・
P1022668_ss P1022670_ss
右に左にとぴょんぴょん跳ねるシトラス姉さん。

これ前にも見たことあるよ~。っていうかよく見るかな。
Dscn4555_ss Dscn4557_ss
こちらは2年前の御前崎。ジェッちゃんの左右をぴょんぴょんしてたっけ。
御前崎といえばGWだから約1ヶ月後ってことだね。
コロナ禍の今年は全然違う生活になってしまってるのを痛感します。

 
公園のメイン広場もほんわか春色。
P1022727_ss

桜だけじゃなく他のお花も咲き始めて賑やかです。
P1022709_ss

シトラスとルピカ、練習は別々に。
というのもルピカの練習中、シトラスが大人しくしていられないから
やっぱり後輩の成長は気になるのね。
P1022818_ss P1022832_ss
それにしてもこの対照的なふたり。
ジャンプがカッコイイ~!けど、なぜそこにボールが?なシトラス。
動きは地味ね~。けど最後までよ~く見てキャッチが上手なルピカ。
でもタイプが違うからまた楽しいのです。
P1022770_01_ss P1022773_01_ss
日陰が心地よい季節になってきました。
といってもまだまだ葉っぱが少なくて日陰が少ない。。。葉っぱ頑張れ!

 
こちらは桜2品種。左はアマノガワ、右は楊貴妃。
P1022756_ss P1022914_ss
アマノガワは天に向かって伸び、楊貴妃は色あでやか。ともにぴったりの名前!

 
花壇にはネモフィラの花。
P1022918_ss
有名なのは国営ひたち海浜公園ですね。
コロナ禍の今年も、観光客のいないなか一面綺麗に咲いている映像を見ました。
この代表的な品種は「ネモフィラ・メンジェシー」の「インシグニスブルー」

ブルーの他にも種類があるんですね。
P1022925_ss P1022928_ss
斑入りは「ネモフィラ・マクラータ」別名「ファイブスポット」紫の5点が特徴。
真っ白は「ネモフィラ・メンジェシー」の「インシグニスホワイト」

そのネモフィラの咲く場所での1枚。
P1022920_ss
あ、これ、花畑の中に入り込んじゃってるようだけど、違いますよ~。
シトラスのいる場所だけ、マンホールがあってコンクリ打ちなのです。
チューリップも咲いて色とりどり!

 
タンポポの綿毛が綺麗なまん丸に撮れました。
P1022929_ss
去年は白いニホンタンポポに出逢えたんだけど、今年は見つけられなかった。
貴重なものだから、今年私が会えなかったとしても、なくならないといいな~。

 
何をするにも心地よい季節。
P1022889_ss P1022906_01_ss
「ところで父ちゃん、最近いつもそれしてるけど?」と見上げるシトラス。
来年はマスクなしで心おきなく春を楽しめるといいですね。祈っています。

このあとすぐ、緊急事態宣言が出たんでしたねぇ。

| | コメント (2)

2020年5月23日 (土)

今年の春は・・・

春はお花が咲き始め、街に彩りが戻り、生きいきとした季節。
でも今年はコロナのお陰でちょっと残念な春になってしまいました。
それでも3月末に都知事が感染爆発の重大局面という緊急会見を開くまでは、
いろいろ注意しながらも公園へは通っていました。
とりあえずその頃に撮った写真を中心に・・・

 
お花見の自粛要請の直前、もともと人が少ないいつもの公園。
P1012228_ss
Hiro坊と一緒のお散歩は楽しいね。
P1012239_ss

地面近くで咲き始めたフデリンドウ。黄色はレンギョウ。
P1012221_ss P1012217_ss

品種名はわからないけどツバキだよね?どちらもとても美しい!
P1012249_ss P1012254_ss

スノーフレークはヒガンバナ科。たしかに葉っぱが・・・そしてふじ色が綺麗なスミレ。
P1012295_ss P1012253_ss

色の違いが楽しいボケ。黄色い小花はヒュウガミズキ。
P1012258_ss P1012257_ss

 
この頃はオリンピックもどうなるのかと心配でしたねぇ。
いつも配達で来てくれる郵便屋さんとオリンピックの話をして、
つい買ってしまいました。
P1012350_ss
東京2020オリンピック・パラリンピック記念切手。
中止になったら「幻の」だし、延期になったら「2020」はどうなる?
なんて話をしてて「じゃぁ買います」と。
郵便屋さんも上手だ~!
まぁ私も、父が郵便関係の仕事だったこともあって、
大昔は切手集めしてたんだったな。

そしてこれを買って数日、オリンピックの延期が決まりました。
この時点では、それだけでもホッとしたっけなぁ。

 
そしてまた別の日の公園。
しっかり前を向くスイセンと、下向きに咲くクリスマスローズ。
P1012334_ss P1012348_ss

色鮮やかなベニバナトキワマンサク。オオシマザクラの白と青空をバックに映える~!
P1012321_ss

この日ディスク練習の途中で撮りました。
P1012311_ss
頭にロングリード・・・わざとやったんじゃないですよ。たまたま。
それにしても普通は気にすると思うんだけど・・・
シーちゃん、それ、そのままでいいの?気にならないの?
なんか代々うちの子達って、あまりこういうの気にしないのよねぇ。

この間も話したユキヤナギの前でまた1枚。我ながらしつこいけど。
P1012330_ss
ほぼ満開!そしてルピちゃんもちゃんとモデルさんしてくれた!

 
この翌日だったなぁ、Hiro坊母が倒れたのは。
そして都知事の自粛要請会見が行われたのもこの頃。
なので、このあとは出かける回数が減りました。

 
これはHiro坊母のことが落ち着いた翌日、
シトラスの病院へ行った帰り、ちょっとお散歩してきました。
P1012384_01_ss

シールピのところに子ども達が来てくれて撫でてくれました。
P1012395_ss P1012397_01_ss
お家でもワンコを飼っているというお兄ちゃんはワンコ大好き!
シトラスもルピカも小さい子に接する機会は多くないけど、
ちゃんと嬉しそうに大人しく撫でてもらっていて、私も嬉しかったな~。

この黄色いのはウンナンオウバイ。
P1012416_ss
これだけじゃなく、菜の花、レンギョウ、ヤマブキなど、
桜の季節は黄色い花も綺麗なものが多いですね。

この歩道を歩いてるときにも子供達がきてくれた!
P1012455_01_ss
柵越しに顔を出すルピカ。すっかり子供達大好きだね。

途中ひと休み。
P1012434_01_ss

桜の花の間にコサギを発見!
P1012427_ss 
羽を伸ばしたりつくろったり・・・
P1012425_ss P1012424_ss

こんな子もいました。
P1012445_ss
最近増えているワカケホンセイインコ。
この鳥だけじゃないけど、お花を食べて千切って落としちゃうんですよね。

帰りに桜並木を歩いていると、桜吹雪になりました。
P1012459_ss P1012461_01_ss

 
すっかり春のようだったけど、翌日はこの冬?春?いちばんの雪が降りました。
P1012520_ss
我が家の庭では8センチくらい積もりました。

せっかく咲いたマメザクラにも・・・湿り気の多い雪が重そう。
P1012518_ss

シールピは雪遊び。
P1012489_ss P1012492_ss
去年はほとんど降らなかったから、ルピカはにとってはほぼ初めての雪遊び。
とりあえずシー姉さんを見習って走り、投げた雪玉を咥えようと頑張っていました。
ルピちゃん、上手に遊べたね。楽しかった?
あとは夏の水遊びも、シー姉さんをお手本に楽しんでもらいたいなぁ。

部屋に戻って寛ぐふたり。
P1012523_ss
このときはルピカの体の上にシトラスが顔をのっけてた。
いつもは逆なのに・・・珍しくて可愛いから撮ってみました。

| | コメント (0)

2020年5月20日 (水)

遡って早春の頃から

ここ暫くコロナやHiro坊母の話題ばかりだったな。
シールピすらほとんど出てこなかったような・・・
このへんでちょっと遡って日々のことを書いてみようかな。
お花の写真もあるし。
今はもう初夏に近づいちゃったけど、早春の候まで遡ります~。

 
2月末。この頃はまだ普通に公園に通っていましたね。

開花間近のハクモクレン。これを見るといつも春を感じます。
P1012053_ss

運動するにもいい季節で、シトラスもルピカも楽しそう♬
P1012051_ss P1012072_ss

それから10日後の3月上旬。

黄色いサンシュユ。早咲きのカンヒザクラ(寒緋桜)は濃いピンク。
P1012108_ssP1012105_ss

絞りのツバキが綺麗! ウメの花はもう満開。
P1012109_ss P1012092_ss

そしてあっという間にハクモクレンは満開!
P1012095_ss

ソメイヨシノより一足早く咲くオオカンザクラ(大寒桜)も満開!
P1012111_ss
メジロやハチの姿も春を感じさせてくれますね。
P1012115_ss P1012113_ss

小花が可愛いユスラウメ。クロッカスも春の代名詞。
P1012133_ss P1012125_ss

ヒメシデコブシは八重で綺麗。早めのシダレ桜もほぼ満開。
P1012142_ss P1012163_ss

ユキヤナギも綺麗になってきて・・・
実はここは2年前にジェラートがいい笑顔で写ってくれた場所。
Dscn4017_ss_20200520161301
ほら、いい笑顔でしょう?
前庭疾患でちょっと傾いてたけど、それでも楽しく公園に行ってた頃。
だからジェッちゃんと大の仲良しだったシトラスも同じ場所で同じように・・・
P1012134_ssP1012157_ss
・・・同じようにはいかなかった~!(写真左)
シーちゃんったら、待てできなくてすぐこっちに近づいて来ちゃうし、
やっと撮れたものも、なんでそんなアンニュイな表情???
いつもいい笑顔してくれるのに、この日はなんだかダメだったんだなー。

なので、そのあとルピカに同じ場所で挑戦してもらいました。
そしたらいい笑顔してくれた~ ルピちゃん、ありがと!
そうね、あなたもまたジェッちゃんと縁が繋がってるんだもんね。

 
すっかり春のようだけど、まだまだ雪が降った日もあって・・・
P1012176_ss P1012172_ss
でも積もらずあっという間に解けました。

そして3月中旬。
満開から10日後のハクモクレン。。。あっという間なんですねぇ。
P1012183_ss

お彼岸の入りの日には父母のお参りに行ってきました。
P1012191_01_ss P1012195_ss
写真左、手前が我が家のお墓ですが、その後方が・・・
実は昨秋の台風で後方の山が崩れてしまったのです。
工事車両の手前には、お墓が被害に遭った方のための仮設献花台も。
最近「何十年に一度の・・・」という表現をよく聞きますが、
ここにも何十年もなかったことが起こってしまったんですね。
まぁそしてコロナに至っては人類史上初のような事態だし。。。
すべての意味での平和な日常が戻り、続くことを祈って止みません。

ハウスの上が好きなふたり。でもその恨めしそうな顔はなんですの?
P1012197_ss
お墓参りでお留守番の時間が長かったからですか~?

その翌日、また私はしつこくもユキヤナギの前で挑戦!
P1012198_ss
シトラス、目つぶっちゃってるけどちゃんと待てしてくれたから載せとく~

3月20日、我が家のマメザクラが開花しました。
P1012207_ss 
一重で下向きで小さく控えめな花だけど、そこがまた可愛いです。

そしてこの後すぐでしたね。
コロナ関連の状況が悪化し、生活がどんどん変わっていったのは。
時期を同じくしてHiro坊母の状況も変わったのは・・・

| | コメント (0)

2020年5月18日 (月)

お雛様も新しい生活様式?

コロナによって「新しい生活様式」という言葉が出てきていますが、
こんなところにも・・・

2月上旬、備前大会の帰りに立ち寄った郡上八幡城の内部展示です。
P1011831_ss
捨てられてしまうお雛様に再度活躍の場を・・・という試みで集まった雛人形。
それについてはまた別途レポしようと思いますが・・・

これ、注目するところはお雛様たちの顔。(クリックすると拡大します)
P1011831_01_ss
みんなマスクをしているんです!
そして下に置かれた札には「しっかり手洗い!」

女性たちも皆マスク姿。
P1011833_ss
卓上の札には「予防のためにマスクをつけてね!」「しっかりと手指の消毒を!」

何十人ものすべてのお雛様が全員マスク姿になっていました。
まだ感染爆発する前の2月上旬にこれを見て、感心していたものでした。
あの頃、私達全員がこれくらい危機感を共有し、徹底していたら、
この数ヶ月も違ったものになっていたかもしれないですね。

 
新しい生活という点では、我が家にも変化が・・・

先週からぼちぼち通勤再開したHiro坊も、今は接触を減らすため車通勤。
そしてHiro坊が乗って行ってしまうので、私は車なし生活。
車がないとシールピとの公園通いができない・・・となるところだけど、
今は公園も駐車場が閉鎖中だから、ある意味ちょうどいいというか・・・
ということで、シールピはご近所散歩。
別々で行くので結構時間かかるけど、お陰でお散歩が少し上手になったかな。
ただ運動不足は否めなく、部屋ではいつもより激しくガウガウ闘ってます。

買い物もなるべくどちらかひとり、自分の病院も延期したりして最低限、
美容院も行くの延ばして髪が伸び、白髪いっぱい!
暑いの苦手だけどマスクして、帰宅すると手洗いとうがい、
外に出たときはあちこちで手指の消毒するから、アトピー持ちで湿疹のある
私にとっては手が荒れて痛い~!

なので、新しい生活様式といっても、やっぱりこのままというのは困る。。。
今やっとこれまでの頑張りが数値にも表れてきてるようなので、
もう少し!もう少しの間、頑張りましょう!
制約や努力は必要だとしても、いろいろなことを罪悪感なく楽しめる日が
来るまでもう少し、頑張りましょう!

| | コメント (2)

2020年5月 9日 (土)

ホッとしつつ思うこと

コロナでは呼吸器系の持病のある人は重症化しやすいということで、
先日、喘息の吸入法等についての「ためしてガッテン」を再放送していました。
気づいたHiro坊が喘息持ちの私に「これ見なさい!」と。
あらためて予防のための吸入の大切さを痛感。
今は発作を起こすことのないよう、日々予防の吸入をしています。
------------------------------

Hiro坊母の転院が無事に済み、ちょっとホッとしています。

思うことはいろいろあります。
Hiro坊母には高血圧や不整脈があり、ずっと定期通院して服薬していました。
その関係で何か起きる可能性は考えていましたが、脳の関係で突然とは。。。
今後も意識が戻るかどうかはかなり難しいようです。

こういう形で倒れ、話もできないままというのはやっぱり悲しいです。
だから一度でも一瞬でも意識が戻って、何かしら意思の疎通ができたら・・・

ただ一方で、意識が戻ることがHiro坊母にとっていいことなのかどうか、
意識が戻って、自由がきかない自分の辛い状況を知ることになるより、
穏やかに眠っているこのままのほうがいいのかなと思ったりするわけです。
それに今はコロナで面会できるわけでもないので、意識があるのに面会もできず
寂しい思いをするより、今の状態は母自身にとってはいいのかなと

Hiro坊なんて、「母さん、なんか持ってるねぇ」と。
実は過去、超猛暑の夏に骨折で入院中、大震災のときは目の手術で入院中、
そしてコロナの今回と、世の中が大変なときは入院してるHiro坊母。
たしかにそんなときは入院してたほうが安全だし、私達も心配しないで済む。
だとしても「もってる」って表現・・・
でもそんな感じでいい方向に捉えています。


転院先は長期療養が可能な医療療養病床がある病院です。
建物は明るく綺麗で、廊下や部屋も広々としているし、
すぐ前には小さな森があり緑豊か。鳥のさえずりも聞こえます

残念ながら、今のところHiro坊母がこの環境を楽しむことはできないけれど、
面会に行く私達が明るい気分でいられるというのもまた大切なこと。
前の病院のSWさんもそう言ってここを紹介してくれました。

新しい担当の先生からは
「ご病状からして、こちらで最期までお引き受けするという形になるかと思います」
そんな話になるのは寂しいことではあるけど、ホッとしました。
Hiro坊母自身はここで穏やかに療養できるわけだし、
私達にとっても先のことがほぼ見えて、心配が減ったのです。

 
介護が始まって10年、最近は認知症もかなり進んで様々なことが難しくなり、
Hiro坊母のひとり暮らしも限界にきていました。
かといって、過去に骨折や目の手術後に我が家で一緒に暮らしたとき、
認知症がより進んでしまう感じがあり、我が家で同居することは母にとって
決していい選択肢ではないとわかり断念。
自宅で自然に過ごすのが最良と考え、みんなで頑張ってきました。

最近は介護保険いっぱいまでデイサービスとヘルパーさんのお世話になり、
週末は私達が通ってなんとかやってきました。
でも段々と対応すべきことも増え、私達も大変になってきていました。
昨年の認定で「要介護3」に上がったことから、特養への入所希望申請も出し、
入所も視野にその前段階としてショートステイも取り入れていました。
ここまで頑張ってこられたのも、ケアマネさん、デイサービスの全スタッフさん、
ヘルパーさんのお陰で、皆様には本当に感謝しています
変わっていく母にも臨機応変に対応してくださって。。。

 
それでも見守りの目は常にあるわけではないので、不安がいっぱいでした
食事はできているか、転んだりしないか、夏は熱中症、冬は高血圧での脳溢血、
そして右目まで見えなくなったらどうしようなど体調に関する心配。
加えて、火事を起こさないか、勧誘など騙されたりしないか、ご近所さんにも
心配や迷惑などかけていないか・・・等々、とにかくいつも心配でした。

 
そんなこともあって、ある意味「終の棲家」ともいえるところが決まり、
そこに快く受け入れてもらえたことで、私達も今ホッとしています。

それに今度の病院は我が家から車で1時間足らずと近い!
もちろんもっと近い病院を探すことも出来たかもしれないけれど、
平塚にいるHiro坊姉もたまには行けるよう、ある程度中間地点で考えました。
今までHiro坊母宅や病院まで1時間半かけて通っていたことを思うと、
その途中にあるので、ものすごく近くて楽に感じます

といっても今は面会できないので、病院に行くこともなくて、
逆に母宅には留守中の郵便物など用事もあって通わなければならないかな。
面会可能になったら、母に刺激を与えるためにもHiro坊と私で通いましょう!

| | コメント (2)

2020年5月 4日 (月)

Hiro坊母のその後(転院へ)

Stay Home 週間なGWです。
皆さん同じでしょうが、こんなにどこへも出かけないGWは初めてです。
もっとも我が家は不要不急ではないHiro坊母の用事で2日間出かけましたが。
またこんなときに限って、今年はとても天気に恵まれたGWなんですよね。
でもみんな頑張ってます。この頑張りはきっと結果に表れ、未来に繋がるはじ。
もう少し頑張りましょう!

-----------------------------------

HIro坊母が倒れ、入院してから1ヶ月が経ちました。
そして実は数日前、長期療養のために転院しました。

それまでの間に病院からの電話連絡が数回。
・コロナ疑いがなくなり個室から一般病室へ移動したということ。
・肺炎が落ち着いたので内科病棟から脳外病棟へ移動したということ。
・その他、面談の日程、入院費の支払い、転院に関すること等々。

 
そして病院へ足を運んだのは2回。
1回は入院費の支払いで、そのためだけに往復3時間。面会もなし。

もう1回は入院1週間後の面談。
母の経過について先生からお話があり、続いてソーシャルワーカー(SW)さんと
今後について相談しました。
この時点で脳には少し出血も出ているし、意識不明の状態は変わらず。
ただ肺炎は改善されてきたので、もう少ししたら長期療養が可能な病院に転院する
という方向で話を進めてもらうことになりました。
ソーシャルワーカーさんが、いくつか候補の病院を提示してくれて、
その中で私達の希望に合致する病院があったので、その場で打診を依頼しました。
この日は一般病室で寝ている母に一瞬会うことができました。


その後、SWさんが話を進めてくれた転院先病院へ見学に行きました。
コロナの関係で病室などは見学できませんでしたが、いろいろ説明を受け、
安心してお願いできると感じ、正式に受入れをお願いしました。

 
そして 5/1(金)転院。
一度、入院中の同じフロアで発熱患者が出たということで1週間延期になり、
また母自身も一度嘔吐して様子見状態でしたが、2日前にOKが出ました。
病棟で看護師さん達に見送っていただき、ストレッチャーで介護タクシーに。
介護タクシーはハイエースロングハイルーフ。母と一緒にHiro坊が同乗。
私は我が家のハイエースで転院先病院へ向かいました。

「車の中ではどんな感じだった?」と尋ねた私にHiro坊は
「やっぱりロングハイルーフは広くていいねぇ」とか言ったりして、
いや、そこじゃないでしょう~!
まぁそんな感じであまりて深刻になっていない私達です
無事に転院できたことで、今とてもホッとしていますし。


転院先の病院では担当の先生と面談。
前の病院からの紹介状では、病名「小脳梗塞」と記されていました。
小脳は運動機能をつかさどる大切な働きをしています。
直後から小脳の腫れがあって脳幹を圧迫しているとは聞いていましたが、
あらためて影響が大きいことを感じました。

その後、看護師さんに病棟案内してもらいました。
看護師長さんはとても明るく気さくな方で、病棟に元気が出る感じです

ひととおりの手続きを終え、必要なものを買いに一旦外に出てまた戻り、
母の病室へ。

転院直後に顔を見たときはちょっと険しい顔つきをしていましたが、
病室ではとても穏やかな表情でした。
そしてHiro坊が「お母さん!」と声をかけたら、少し反応が・・・
瞼が動いてほんの少し目が開いたのです!
ただ、開いた左目は病気によって視力がほとんどないほうの目だし、
見ようとしているわけではないような・・・
それでも声に反応するということがわかり、ちょっと嬉しくなりました
本当はもっと面会できて、声をかけたり刺激を与えられたら違うのかな。
残念ながら今はコロナの関係でそれができませんが、
面会できたときにはまた一生懸命声をかけてみようと思います。

 
と、無事転院できたところで一旦終了します。
続きはまた・・・

| | コメント (0)

2020年4月28日 (火)

Hiro坊母のこと。。。

我が家は基本的に Stay Home な日々を過ごしていますが、
必要とされるお仕事で今日も出ている方々が大勢いらっしゃいます。
そんな全ての皆様、お疲れさまです。感謝しています。

-----------------------------------------

さて、今日はHiro坊母のことです。

ちょうどその直前にプチ旅の記事を書き始めてしまっていたので、
これまで触れないでいたのですが、ここらへんで書いておこうかと思います。
自分の覚書の意味もあるので、少し詳しく書かせていただきます

 
3月26日(木) Hiro坊母が倒れました。
脳梗塞と誤嚥性肺炎を起こし、今も意識不明で入院中です。


その日の午前中、シールピと公園にいたら携帯が鳴りました。
練習中だと気づかないことも多いけど、まだ練習前だったから幸いでした。

Hiro坊母はこの日デイサービス。電話もデイのスタッフさんからでした。
「お迎えに行って部屋に入ったら(鍵は預けてあります)、お母様が寝ていらして、
声をかけても反応が悪い状態なので、救急車を呼びました。」

そりゃ大変だ~!
とはいっても、このときはまだそんなに重く考えていませんでした。
最近のHiro坊母は自分で十分な食事をすることが難しくなっていたので、
脱水とか低栄養とかで意識が朦朧とした状態なのかなと。
点滴とかしてもらえば回復するかな~と・・・

とりあえずHiro坊に連絡をとると、これまた幸いなことにすぐ通じた!
学校で授業の時間だとなかなか連絡つかないところだけど、
休校中&春休みのため支援作業だったので、すぐ伝えることができました。
私としてはそれがいちばんホッとした~

 
それから電話応対で放置になってたシールピの運動を超短縮バージョンで。
本来ならすぐに帰るべきところだけど、このあと大変になるだろうから、
今のうちに最低限の運動をさせておかなくちゃと思って
そういえば10年前に骨折関連で連絡が来た時も公園で同じ状況だったっけ。

その間にも搬送先病院が決まったこと、ケアマネさんが付き添ってくれる
ことになったなどの連絡が続きました。

 
帰宅して家で準備している間には、救急隊員さんから電話。
「呼びかけると手を握り返す感じはありますが、会話はできない状態です。
治療の過程で同意が必要な場合はまた連絡します」

同意が必要・・・? 
それにまだ意識がないまま?
ということはもしかして脳関係?
そのときはじめて、思っている以上に大変な事態だと感じました。

 
更に車で向かう途中には搬送先病院の看護師さんから電話。
(あ、ちゃんと停車してからお話しましたよ~
「あとどれくらいで来られますか?」
え、もしかしてそんなに危ないってこと?
「詳細は先生からでないとお伝えできないのですが、まだお話できない状態です」

 
病院に到着。
看護師さんから簡単に話を聞き、医師の話はHiro坊を待つことに。
もしも判断が必要なことがあったら、やっぱり私ひとりじゃ責任重いし

 
そして仕事を切り上げてきたHiro坊が到着し、先生のお話を聞きました。

現場を見たケアマネさんの話や、ヘルパーさんとの連絡帳も含めて推察するに・・・
前の晩から椅子に座って眠ってしまい、そのままの状態で脳梗塞を発症し、
吐いたことで誤嚥性肺炎も起こしたものと思われます。

たしかに胸のX線写真を見ると、少なくとも片側の肺は真っ白。
酸素レベルも低いとのこと。
脳のCT写真では両側に伸びるはずの血管が片側しか写っていない。。。
発見時の状態として、意識がなく、左側は麻痺した状態で、右足は冷たかった
というのも頷けます。

意識については、脳の腫れがひけば戻る可能性もあるが、経過をみないとわからないとのこと。
更に、脳の重要な部分近くの腫れもあるし、持病としての不整脈など、
命の危険が考えられる要素もあり、楽観視できない状態だとのことでした。

治療としては血栓を溶かす薬を使用することになりました。
脳の状態から発症時間は朝と推測され、この治療ができると判断されたようです。
(発症から4時間半を過ぎるとこの薬での治療は脳出血の危険性も高くなるため、
別の治療法になるらしい。)


という次第で、とりあえず1ヶ月程度の入院が決まりました。
そしてコロナ危機のご時世、肺炎ということでまずは個室。
「誤嚥性肺炎で間違いないと思いますが、一応確認とれるまでは・・・」

更にどこの病院もそうであるように、基本的に面会は禁止。
ただ入院当日だし個室なので特別に・・・ということで面会させてもらえました。
個室入口で手指を消毒し、手袋と防護衣を着けたうえでほんの数分。
Hiro坊が「お母さん」と言って軽くぽんぽんと叩いたくらい。
もちろん母からは反応無し。
酸素マスクをしていびきをかいていましがた、表情は穏やかでした。

 
その後一旦母宅へ行き、服用していた薬など必要なものを持って再度病院へ。
といっても、薬(錠剤)は意識が戻らなければ飲めないでしょうねぇ

そして最後はまた母宅に戻り、いろいろな後処理。
食材の処分や掃除、その他あと何をしなければいけないか、どこへ連絡しなければならないか等の確認をしてから帰路に着きました。

 
とりあえず当日のことを書いたところで一旦切ろうかな。
思うところはいろいろあるし、その後の経過もあるし・・・それはまた次に書きます。

| | コメント (2)

2020年4月23日 (木)

プチ旅 鹿島神宮

旅の続き。今回は鹿島神宮です。

実は記事を書くにあたっては、鹿島神宮の公式サイトも参考にさせていただいてきたのですが、その中で新たに追加された部分があることに気づきました。
新型コロナに関連する内容です。
今は皆がいろいろな形でコロナと闘っています。それをここでも感じました。
これに関してはいちばん最後に紹介しています。

-----------------------------------------------

スイーツ等を堪能した(前の記事)あとは、更に南下して鹿島神宮へ。
P1011375_ss
鹿島神宮は全国にある鹿島神宮の総本社で東では随一の古社。
香取神宮息栖(いきす)神社とともに東国三社と呼ばれます。

御祭神の武甕槌大神(タケミカヅチノオオカミ)は、天照大御神の命を受けて降臨し、
大国主命と話し合って国譲りの交渉をまとめ、日本の建国に尽くしました。

鹿島神宮の歴史は皇紀元年(紀元前660年)初代天皇の神武天皇まで遡ります。
神武天皇が東国征伐で窮地に立たされたとき、タケミカヅチが授けた剣「韴霊剣(ふつのみたまのつるぎ)」 の神威に救われたことにより、これに感謝した神武天皇が即位の年に大神を祀る社を建てたと伝えられています。

そのタケミカヅチが武神、剣神、軍神と言われ強かったことから、
鹿島神宮は武道の神様を祀った必勝祈願の神社として知られています。

 
大鳥居をくぐり参道を進むと、左手前に手水舎、その奥に楼門があります。
P1011377_01_ss_20200421010501
楼門は日本三大楼門のひとつで重要文化財。
ちなみに他ふたつは福岡の筥崎宮(はこざきぐう)、熊本の阿蘇神社
P1011379_ss
この楼門は水戸徳川初代藩主の頼房公により奉納されたものです。
中央の「鹿島神宮」の扁額については軍人として有名な東郷平八郎の書ということなので、結構新しいんですね。

 
こちらは拝殿。参道を歩いてきた右手にあります。
P1011398_ss
拝殿の後ろに幣殿石の間本殿があります。
これら4棟の社殿は、徳川2代将軍秀忠公の寄進によるもので、
重要文化財に指定されています。

こちらが本殿
P1011388_ss
とても色鮮やかです。
P1011386_ss P1011391_ss
本殿のすぐ背後にすっと立つ大きな木が御神木。樹齢1300年を数えます。

拝殿前には少し前に結婚式を挙げたばかりの新郎新婦が出てきて、
観光客の写真依頼に応えていました。お幸せに
P1011394_01_ss

拝殿の向かい側に建つのが仮殿
P1011392_ss 
現在の社殿を造る際、まず神様を旧本殿(現在の奥宮)からこの仮殿に安置し、
そのうえで旧本殿を移動し、その跡地に社殿を造営したそうです。
こちらも秀忠公の奉納。

 
その先に続く奥参道は木々が生い茂る静かな空間。
P1011402_ss
森林浴をしながらゆっくり歩きました。

 
こちらは君が代に出てくる「さざれ石
P1011408_ss
君が代に出てくるさざれ石は「細石」と書き、細かい石、小石のこと。
小石がくっついて岩の塊になることは科学的な事象ですが、
それが集まって大きな巌となり、苔が生えるまでと長い年月を謳う君が代。
「さざれ石」が見られるところは各地に何か所があるようです。

 
そのすぐ近くには鹿園もあります。
P1011410_ss
鹿島神宮にとって鹿は大切な存在。
鹿島神宮の御祭神タケミカヅチに国造りの命を出したのは天照大神ですが、
そのときの使者が鹿の神霊だったといわれています。

鹿園にはたくさんの鹿(少なくとも20頭くらいはいたかな)がいましたが、
中の1頭が中心にスクッと立ってこちらを見ていました。
なんかすごく威厳を感じるじゃありませんか~!
角もまさに鹿島アントラーズのデザインのようで美しい
神の使いということを感じさせてくれる1頭でした。

 
そして更に先にあるのが奥宮
P1011412_ss
こちらは鹿島神宮に祈願の後、関ヶ原の戦いに勝利した徳川家康公が
勝利のお礼として1605年に奉納したもので、現在の本殿の位置に
本宮として建てられました。
その後1617年に現在の本殿が建てられる際、この場所に曳いて移されました。
 
P1011413_ss
後ろ側から見た奥宮。
色鮮やかな本殿と比べて質素な佇まいですが、それだけに心が落ち着く感じがします。こちらも国の重要文化財です。

 
こちらは要石
P1011417_ss
昔は大ナマズが地震を起こすとされ、それを押さえていたのが要石です。
どんな大きな石かなと思って見たのですが、そんな大きな石は見えず・・・
それもそのはず。説明版を読んで納得!
P1011415_ss P1011414_ss_01
要石は地中に埋まっているのです。見ているのはほんの頭の部分だけ。
この要石がどこまで深く埋まっているか確かめようとした徳川光圀公が、
7日7晩にわたって掘らせたものの、辿り着くことができなかったといわれています。

 
その先の坂を下りた先にあるのが御手洗池(みたらしいけ)
 
P1011420_ss
昔はここで身を清めてから参拝
したそうで、この名が残っています。
P1011424_ss
湧き水豊富で澄んだ水には鯉も。ザリガニもいたっけ。

 
戻る途中で出会った鳥シロハラ。
P1011435_ss
ツグミと体型や大きさは同じくらいだけど色合いはちょっと地味。
茂みの中を歩き回ることが多く、いつもガサガサ音がするので気づきます。

 
楼門の前まで戻ってきました。
P1011445_ss
門の隙間から、傾きかけの日差しのなかの鳥居が見えました。

 
大変な歴史のある鹿島神宮。
まだまだ小さなお社など足を止められなかったところもありますし、
宝物館も休館中
(境内整備のため平成30年より)だったので、
またいつかあらためて訪れてみたいものです

-----------------------------------------------

尚、冒頭に書きましたが、記事を書くにあたっては鹿島神宮の公式サイトも参考にさせていただき、何度も見てきました。
その中で新たに追加された部分があることに気づきました。
それは御祭神タケミカヅチとその剣に関する部分です。

「昨今の新型コロナ感染症の拡大により不安や心配が高まる中、少しでも崇敬される皆様の力となりますよう、この神剣についてご紹介させていただきます。」

の文章に続き、内容が詳しく書かれています。
以下は私が抜粋及び要約したので短いですが・・・
----------
鹿島神宮の始まり、初代の神武天皇が東征の際に窮地に陥ったのは、悪い疫病によって兵士達が倒れたこともひとつでした。
この窮地を救ったのが、タケミカヅチが授けた剣「韴霊剣(ふつのみたまのつるぎ)」で、剣の持つ力により疫病から兵士も回復し、その後を有利に進められ、天皇に即位するに至りました。
この剣は代々大切に祀られたのち、
その後奈良県の石上(いそのかみ)神宮の神体山に埋納され祀られています。

そして現在の鹿島神宮にも2.7メートルを超える長い剣が保管されており、
国内最古最大の剣として国宝に指定されています。
これが2代目「韴霊剣」と解釈され、「神の剣」として大切にされています。
----------

疫病をも鎮める力も持った剣の話から、コロナの収束を願う気持ちが伝わってきます。
そして最後は以下の文章で締めくくられていました。

「昨今の新型コロナウイルス感染症の拡大により、政府からは緊急事態宣言が発令され、我が国は重大な局面に立たされています。皆様におかれましては政府や地方自治体、あるいは医療機関等の発する情報をよく確認し、防除対策に励行いただきますよう併せてお願い申し上げます。 

このコロナ禍が国民全体の不断の努力で収束し、鹿島の大神様のご加護により皆様が平穏無事な生活が送れますよう切に願っております。」

| | コメント (0)

2020年4月 9日 (木)

プチ旅 大洗~おしゃれスイーツ店

また間があいてしまいました。
その間にコロナとは別にちょっとありまして・・・

新型コロナに関してはとうとう緊急事態宣言が発令されました。
最近では毎日東京の感染者数が発表されるたびに不安が増しています。
そんな中でも最前線の医療従事者の方々には本当に頭が下がる思いです。
私達は皆それぞれに立場や状況が違い、できることも違うと思いますが、
とにかく日々の情報を的確に捉えて、今自分にできることをしていこうと思います。

ということで、我が家はとにかく外出せず "Stay Home" な日々です。
実際GW明けまではHiro坊の仕事も全て無くなくなり、ディスク大会も中止。
Hiro坊母の介護もちょっと事情が変わったし・・(これは改めて書きます)
なので今家を出るのはお買い物と病院とシールピのための公園のみ。
今はこうした自粛生活を続け、コロナが収束することを願うばかりです。

------------------------------------------------

さてさて、旅の続きはまだありまして・・・

水戸で歴史に触れた翌日は早起きして再度大洗磯前神社へ。
P1011180_ss
日の出の時間帯。
P1011207_ss
神磯の鳥居の上に上がって来ました。
P1011217_ss
海に映る太陽の光の道がきれい。
P1011245_ss
ちょっと雲が多かったけど、早朝から再度来てみた甲斐がありました。

あらためて拝殿へも。絵馬が大きい~!目立ってます。
P1011263_ss

拝殿の右側の方には3匹の蛙さん。「ぶじかえる」
P1011267_ss

拝殿の彫刻はよく見ると結構色彩豊か。
P1011268_ss

 
そのあと大洗漁港へ立ち寄ってみました。
P1011292_01_ss

水揚げされたばかりのものが並んでいます。
P1011290_ss
大きな鯛です。
大洗漁港では季節にもよりますが、シラス、アンコウ、ヒラメ等があがります。
今回はよりませんでしたが、市場周辺には海の幸の美味しいお店もいろいろ。

ひと仕事終えた漁師さん達。まだ寒い頃でしたからねぇ。
P1011309_01_ss

大洗~苫小牧間のフェリーさんふらわあも停泊していました。
P1011314_ss
我が家が以前北海道へ行ったときは仙台~苫小牧航路を利用しました。
また久しぶりに北海道に行ってみたいですねぇ。

漁港には海鳥。海鳥というとカモメだと思ってしまいますが・・・
P1011304_ss
こちらはウミネコ
カモメとウミネコの違いは何点かありますが、ひとつはクチバシの先。
カモメのクチバシは黄色ですが、ウミネコは先が赤と黒の模様になっています。
よーく見るとこの白い子もクチバシの先が赤黒。よってウミネコ!
そしてその後ろの茶色い子はウミネコの幼鳥です。
全身が茶色い羽で、足やクチバシは淡いピンク色。
このぼよんとした感じから、大人になると美しくカッコ良くなるのねぇ。
まぁちょっと目つきが良くなくて顔怖いけど。

 
漁港をあとにして、ちょっとシールピとお散歩。
P1011335_01_ss P1011333_ss
旅ではシールピが楽しめることも大切です。

 
その後、南に向かって走っていると素敵なお店がありました。
イチゴやメロンなどを栽培する深作(ふかさく)農園の店舗。
P1011355_ss
こちらはスイーツカフェ「パティスリー・ル・フカサク」
ほかに農産物直売所やバームクーヘン店舗もあります。

右奥にカフェがあり軽食ができます。
P1011354_01_ss
ちょうどお腹がすいてきた頃だったのでカフェへ。
P1011343_ss P1011344_ss
トマトパスタとチーズドリア。こんな器のドリアは初めて。おしゃれ~!
そしてどちらも美味しかったです。

せっかくだからスイーツも。
P1011346_ss
「やどかりチーズケーキ」
自慢の「白いやどかりバーム」とチーズケーキが一緒に楽しめるもので、
しっかりした生地のバームとチーズケーキ、それにアイスクリームが合う~!
ふたりで食べるのに3切は十分なボリュームがありました。

あとはお写真撮り忘れちゃったけど、パンをお持ち帰り。
「王様のメロンパン」と「お姫様のいちごパン」だったかな。
メロン果汁入りクリームが挟まれたメロンパンとそのイチゴ版。
途中の車中でお腹すいた頃に食べて、また幸せな気分になりました。

 
とりあえずここまででアップしようかな。

| | コメント (0)

2020年3月25日 (水)

プチ旅 水戸 弘道館~偕楽園(好文亭)

旅の続き。
梅の季節に入っていたので、水戸へ行ってみました。

この季節だからとりあえずは偕楽園と思ったのですが、
その前に立ち寄ったのが弘道館。

 
弘道館は旧水戸藩第9代藩主徳川斉昭公が創設した藩校です。

こちらは正庁の玄関。手前は左近の桜
P1011033_ss
実はここに至る前の正門も瓦葺きで重要文化財だったのですが、
お写真撮りそびれてしまいました。失敗!

P1000991_ss 
弘道館では学問と武芸の両方が重視され、学問では儒学・礼儀・歴史・天文・数学・地図・和歌・音楽など、武芸では剣術・槍・柔術・兵学・鉄砲・馬術・水泳など、更には医学、薬学も学べたそうです。

弘道館のサイトに「日本最大級の藩校 江戸時代の総合大学」とありますが、まさにそのとおりですね。

右は正庁の玄関に掲げられている扁額。
徳川斉昭公の書による「弘道館」の文字です。

 
弘道館の中心となる正庁(学校御殿)
P1001018_ss
文館と武館があり、いくつもの部屋に分かれています。
そして上の写真、建物の前の庭は武術訓練のための対試場です。
ここで試験も行われ、建物内から藩主も見学されたとのこと。緊張しそう~!

それにしても正庁は凛とした佇まいですね。
こういう場に立ってみると、自分まで気が引き締まるような感じです。

ただ、厳しく緊張するだけの場でもなかったようで、
上の写真の正庁の真ん中にはこんな扁額も掲げられています。
P1001020_ss
「游於藝」斉昭公の書で「げいにあそぶ」
出典は論語だそうですが、「文武に凝り固まらず悠々と芸をきわめる」
なんかいいですねぇ
学問や武芸ばかりでなく自由に楽しみながらいろいろ学ぶ・・・そんな感じでしょうか。
のびのびと学んでバランスの取れた人に育ちそうですよね。

  
こちらは至善堂
藩主が諸行事に臨席する際の控室です。
P1000992_ss
藩主の休息所であり、子弟の学習の場でもありました。
最後の将軍徳川慶喜公も幼少期にはここで学び、
また、大政奉還後、静岡へ移るまでの4ヶ月間をここで過ごしました。

慶喜公を忍ばせるものとしては、長持ちもありました。
P1000993_ss
葵の御紋が大きい!

 
弘道館には大日本史も所蔵されています。
P1000994_ss
大日本史は水戸黄門でお馴染み水戸藩2代藩主徳川光圀公によって開始され、
以降水戸藩が200年以上にわたって継続し、明治時代に完成した歴史書です。
弘道館に所蔵されているのは、全402巻のうち243巻(冊数としては100冊)

編纂作業の場となったのは彰考館。
最初は江戸に置かれ、その後水戸に移されました。
歴史に強い関心があった光圀公が、全国各地に史館員を派遣して作った歴史書。
光圀公自身がTVの「水戸黄門」ほど全国各地を訪れたかどうかはわかりませんが、
黄門様の諸国漫遊記・・・そんな姿が思い浮かびます。

庭には梅の木もいっぱい。ちょうど咲き始めていました。
P1001023_ss P1001025_01_ss
P1001011_ss P1001022_ss
P1011031_ss P1001012_ss

今回は弘道館の教育施設のみ見学しましたが、公園内には他の建造物もあるので、
また次回それらも見学できたらいいなと思います。

 
弘道館の正門を出て真っすぐ進んだ先には水戸城大手橋があり、
更にその先には水戸城大手門があります。
P1011034_01_ss  
この大手門、とても新しくて綺麗でしょう
実は水戸城の大手門は明治時代に解体され、以降その姿はなかったのですが、
10年ほど前、地元の住民の募金をきっかけに市も調査を開始し、
2017年より当時と同じ工法で着工し、最近になって完成!
私達が訪れるほんの5日前に完成記念式典が行われたばかりでした。
本当に真新しい門。
歴史的なものが今真新しい姿で目の前にあるのが少し不思議な感じもしますが、
再建されたということもまた歴史のひとつ。
これからまた年を重ねて重みのあるものになっていくのでしょうね

さらに現在、城跡を囲む土塀や角櫓の整備も進めているそうなので、
次回訪れたときにはそれらも見学できそうで楽しみです。

 
弘道館周辺から大手門を抜けたその先一帯、その全てが水戸城跡にあたりますが、
現在その一帯は綺麗に整備された文教地区になっています。
P1011040_ss
そしてここを含む周辺の道は「水戸学の道」と命名されています。
両側にも奥にも学校が並びます。小学校、中学校、高校、幼稚園。
P1011043_ss P1011045_ss
塀や門構えなどは普通の公立学校とは思えないような趣ある造り。素敵ですね~

そして上右写真、中学校前にあるのがこちらの碑。
P1011046_ss
大日本史編纂之地
つまり編纂が行われた「彰考館跡」になるのですね。
歴史的にも学問に熱心だった地で学べるなんて、生徒さん達ちょっと羨ましいかも。
といっても、私がそこに通ったからといってすごく勉強熱心になるかは別だけど

足元を見るとこんなマンホールが。
P1011047_ss
これは梅の花と・・・建物は何かな?
などと思っていたのですが、このあとこの図柄の場所に訪れることになります

 
水戸学に触れたあとは「偕楽園」へ。
P1011050_ss
偕楽園は岡山の後楽園、金沢の兼六園とならぶ日本三名園のひとつ
弘道館と同様、偕楽園も徳川斉昭公の構想によって造られました。
弘道館が学ぶ場であるのに対し、偕楽園は休息の場。
ふたつは対をなす施設として構想されましたんですね。
と同時に領民と偕に(ともに)楽しむ場にしたいという思いから、
偕楽園と名づけらたそうです。

弘道館の「芸に遊ぶ」といい、この「偕楽園」といい、徳川斉昭公の発想は素晴らしいですね

水辺にいたキセキレイ
P1011052_ss

梅林で有名な偕楽園ですが、今回梅は弘道館で結構楽しんだので、
ここでは偕楽園内の施設「好文亭」を中心に書こうと思います。
P1011069_ss
「好文亭」は徳川斉昭公が自ら設計した建物です。
名前は梅の別名「好文木」が「学問に親しむと花が開き、怠ると開かなかった」という故事に由来します。
斉昭公はここを、領地の人々とともに詩歌や管弦などを楽しみ、心身の休養をはかる場としました。
P1011065_ss
昭和20年の空襲により焼失しましたが、その後復元されました。

 
好文亭は好文亭そのものと北に繋がる奥御殿とから成っています。
P1011070_ss
奥御殿は茅葺の平屋建て。
P1011075_ss

各間には様々な季節の襖絵の間がたくさんあります。
下の写真、左は桃の間。 右は紅葉の間。
P1011072_ss P1011076_ss

左は竹の間、梅の間。
P1011077_ss P1011078_ss

左はハギの間、右は桜の間。
P1011081_ss P1011084_ss
各間はそれぞれに板の間は厨房だったり、御殿女中方の控え室や藩主夫人の休憩室など用途はいろいろ。
でもどの間も襖絵が素晴らしいですね。

P1011085_ss 
そして奥御殿から好文亭へ。
中央がお太鼓状に上がった太鼓橋廊下を通っていきます。
右の写真も太鼓橋廊下だけど、お太鼓になってるのはこの後ろ側だったかな。
振り返って撮るつもりが撮り忘れたっぽいです。失敗~!

廊下を抜けた先にあるのは東広縁
東広縁は80歳以上の家臣、90歳以上の庶民を招いて慰労したり、
詩歌などを楽しんだ場所。
ここの写真も撮ってなかったけど、ここからの景色は撮っていました
P1011089_ss
年配の方々はこんな景色を眺めながらゆったりした時間を過ごしたんですね

 
ここには上への階段があります。
P1011093_ss
よくお城の天守閣への階段は驚くほど急だったりしますが、
ここも近いものがありますね。
この階段の脇に武者控えの間というのがあり、そこが2階になるのかな。

そして階段を上がった先は3階ということになります。
P1011107_ss
この階は「楽寿楼」と呼ばれ、扁額もあります。
その中心は南側の正室で、藩主が御出座されたところです。
P1011108_ss
床柱は島津藩主島津斉彬公より贈られた薩摩竹。丸窓もおしゃれ
そしてここに座って見たであろう眺めが素晴らしい!
P1011099_ss  
偕楽園とその向こうには仙波湖
噴水が見えるけど、その当時は噴水はなかったでしょうねぇ

そしてここにはまた当時としてはすごいものが・・・
P1011095_ss P1011096_ss_01  
配膳用昇降機!いわゆるエレベーターのようなものです。
上に滑車があり、下を覗くと配膳箱が見えます。
1階の厨房で作ったお料理を箱に入れて釣り上げ、3階で配膳する・・・
P1011113_ss
1階側はこんな感じ。上から見えた白い配膳箱がこれです。
いわゆるエレベーターとしては日本で最初のものされています。
建築設計もするし、こんな便利道具も作ってしまうし、徳川斉昭公素晴らしい

 
外に出ると建物の脇にお茶室への通路があります。
こちらは待合。お茶室に招かれたお客さんが、準備が整うまで待つ所。
P1011119_ss

そしてこちらがお茶室「何陋庵(かろうあん)
P1011118_ss
比較的質素です。静かにお茶を楽しんだのが想像されます。

 
とりあえず見学してみようかなくらいの気持ちで入った好文亭、
見どころ一杯でとてもよかったです。 
またもう一度、もっとゆっくり時間をかけて回ってみたいと思いました

 
好文亭を出て偕楽園内を歩いているとき、ジョウビタキに出逢えました。
P1011136_ss
我が家のほうでは最近なかなか出会えないんですよね。特に男の子は。
ちょっとボケ写真だけど、やっぱり綺麗な色で丸くて可愛い~

梅園も見て回りました。
P1011139_ss
でもまだちょっと早かったので咲いてたのは一部のみ。
満開の頃にはこんなふうになるらしい。
P1011142_ss 
混んでるかもしれないけど、やはり一度はこんな時期に来てみたいです。

 
その後シールピと一緒に偕楽園公園内の広々としたところを散歩。
P1011159_ss
散歩が終わった頃には、偕楽園がライトアップされていました。

 
朝からとても充実した一日でした。

晩は近くでお風呂に入って、「かつ太郎」で食事
そしてプチ旅はまだ続くので、この晩は友部SAで休息

| | コメント (0)

«プチ旅 大洗磯前神社~海岸で